大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2777号 判決

旭英雄承継人

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。) 旭寛

右訴訟代理人弁護士 五味和彦

同 青柳孝夫

同 四宮久吉

同 船戸実

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。) 遠藤弟三

右訴訟代理人弁護士 田上宇平

同 鈴木俊蔵

主文

本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決主文一及び二を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、同人から金一九〇万円の支払いを受けるのと引換に、原判決別紙第一、第二各目録記載の各建物の明渡しをせよ。

控訴人は、被控訴人に対し、右第二目録記載一の建物につき昭和二八年七月二八日甲府地方法務局六郷出張所受付第四一六号をもって旭英雄のためになされた所有権保存登記の抹消手続をせよ。

控訴人は、被控訴人に対し、昭和四一年一〇月二六日以降昭和四八年四月三〇日に至るまで一箇月金一万六〇〇〇円の、同年五月一日以降原判決別紙第一、第二各目録記載の各建物明渡しに至るまで一箇月金五万円の割合による金員の支払いをせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、附帯控訴によって生じた分を含め、第一、二審を通じて五分し、一を被控訴人の、その余は控訴人の負担とする。

この判決は、建物明渡しと金員支払いを命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴及び当審において拡張された請求につき棄却の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決中、被控訴人敗訴部分を取消す。控訴人は、被控訴人に対し原判決別紙第二目録記載の各建物を収去してその敷地を明渡せ。右請求が認められないときは、控訴人は、被控訴人に対し金一九〇万円の支払いを受けるのと引換に右第二目録記載の各建物を明渡せ。訴訟の総費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、更に当審において請求を拡張し、「原判決別紙第二目録記載の各建物収去によるその敷地明渡しの請求が認められないときは、控訴人は、被控訴人に対し、右目録記載第一の建物につき、昭和二八年七月二八日甲府地方法務局六郷出張所受付第四一六号をもって旭英雄のためになされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。控訴人は被控訴人に対し、昭和四八年五月一日以降、原判決別紙第一目録記載の各建物明渡し及び同第二目録記載の各建物収去によるその敷地明渡し(建物収去による敷地明渡しの請求が認められないときは、右第二目録記載の各建物明渡し)に至るまで一箇月金五万円を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加訂正するほか、原判決事実欄の記載と同一(ただし、原判決一枚目裏一一行目の「請求棄却の判決。」の「。」を削り、その次に「及び敗訴の場合は担保を条件とする仮執行の免脱宣言」を加え、二枚目表二行目の「原告の所有である。」を「もと原告と兄の高野忠男の共有であったが、同人は昭和三五年一月二日死亡したので、同人の相続人からその共有持分を原告が譲受け、原告の単独所有となった。」と、四枚目表九行目から一〇行目にかけての「CないしE部分」を「別紙第二目録記載一ないし三の建物」とそれぞれ改め、同裏一行目の「請求原因事実一、二」の次に「及び四の前段」を加える。)であるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

一  旭英雄は昭和四八年一一月二九日死亡し、控訴人が相続により賃借人の権利義務を承継した。

二  控訴人は、昭和三一年から昭和三七年一一月までの六年一一箇月間、月額わずか一二〇〇円の低額な賃料を支払わず、本訴提起後も三、四箇月の賃料を延滞し、更に昭和四四年一〇月以降一一箇月間も賃料支払いを怠っている。

この事実と控訴人のした無断増改築の事実を綜合すれば、控訴人の行為は、賃貸借契約における信頼関係を破壊するものであるから、被控訴人のした解除の意思表示は、有効である。なお、賃料未払いの主張は、本件審理の経過に照らし、時機に後れた攻撃防禦方法には当らない。

三  控訴人が供託した賃料は、昭和三九年一〇月分から昭和四一年二月分で、昭和四一年九月分から昭和四二年三月分まで、昭和四三年三月分から五月分まで、昭和四四年一〇月分から昭和四五年八月分まで、昭和四六年四月分から六月分までと昭和四九年二月分にすぎない上、右供託は予め口頭の提供をすることなく行われたものであるから、控訴人は、これによって債務不履行の責任を免れるものではない。従って、二にのべた賃料不払いにより本件賃貸借は、調停条項の定めるところに従い、当然解除されたものである。

四  権利の濫用とは、社会的経済的に許容される限界を逸脱した権利の行使をいうのであり、何等正当な利益が存在しないのに、その権利の行使により社会生活上到底容認し得ないような不当な結果を惹起する場合において、その行使を制約しようという理念である。本件において、控訴人は、前記のように、信頼関係を基礎とする賃貸借契約を破綻させているのみならず、控訴人のした無断増改築及び債務不履行によって被控訴人の受けた損害を考慮するならば、被控訴人による解除権の行使を権利の濫用であるというのは、前記理念に反する主張である。

五  賃貸借が終了したとき、賃借人は増改築部分の収去義務を負うものであるから、控訴人は、その増改築にかかる原判決別紙第二目録記載の各建物(以下「第二目録の各建物」という。)を収去すべき義務を負うものであり、右増改築は、賃貸人である被控訴人に対する不法行為であるから、民法第二九五条第二項の規定により右工事費につき留置権を生ずるものではない。

仮に、第二目録の各建物について被控訴人の収去請求が認められず、且つ、控訴人が右各建物の工事費として一九〇万円を要し、これを被控訴人において償還すべき義務があるものとするならば、被控訴人は、予備的に、控訴人に対し、被控訴人から一九〇万円の支払いを受けるのと引換に第二目録の各建物を明渡すべきことを求めるとともに、第二目録の一の建物につき、昭和二八年七月二八日甲府地方法務局六郷出張所受付第四一六号をもって旭英雄のためになされた所有権保存登記の抹消登記手続を求める。

六  被控訴人が従前請求していた月額一万六〇〇〇円の賃料相当の損害金は、十数年前の約定賃料に基づく額であるが、物価は十数年前に比して甚だしい高騰を示しているので、控訴人に対し、昭和四八年五月一日以降、原判決別紙第一目録記載の各建物(以下、「第一目録の各建物」という。)の明渡し及び第二目録の各建物の収去によるその敷地明渡し(主位的請求が認められないときは、第二目録の各建物の明渡し)に至るまで一箇月五万円の賃料相当の損害金の支払いを求める。

(控訴人の主張)

一  被控訴人主張一の事実及び英雄が第二目録一の建物を同人の所有名義に登記するにつき被控訴人と高野忠男の承諾を得なかったことは認めるが、賃料相当損害金の額は争う。

二  英雄とその相続人である控訴人は、一箇月一万六〇〇〇円の賃料を昭和三九年一一月以降昭和四九年二月分まで供託しており、供託に際して口頭の提供を経てはいないが、被控訴人において本件明渡しの訴訟を提起した以上、最早賃料を受領する可能性はないのであるから、口頭の提供を経ることは無意味であり、従ってこれを経ない供託も有効である。右供託により、控訴人の賃料債務は消滅しているから、賃料不払いによる賃貸借の解除も成立しない。

三  仮に、控訴人と被控訴人間の本件賃貸借が終了したものと認められ、控訴人に第一目録の各建物を明渡すべき義務があるとしても、第二目録一の建物は第一目録の各建物と附加して一体となったもので、これにより第一目録の各建物の所有者である被控訴人の所有に帰したのであるから、控訴人にその収去義務はない。

そして、第二目録一の建物が右のように第一目録の各建物と附加して一体をなすものである以上、第二目録一の建物について控訴人の支出した費用は、それが現存する限り不当利得ないしは有益費として被控訴人において償還すべき義務があり、右費用は一九〇万円に達している。そこで、控訴人は、被控訴人から一九〇万円の支払いを受けるまで、第一目録、第二目録の各建物につき留置権を行使する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  第一目録の各建物がもと被控訴人と兄の高野忠男の共有であり、両名が昭和一一年三月一三日これを旭定次郎に対し旅館営業の目的で賃貸し、「賃借人は、賃貸人の承諾なく賃借物の原状変更又は増築、造作取付、模様替をしないこと。賃借人に契約違反あるときは、催告を要せず解除できること。」を約したこと、忠男は昭和三五年一月二日死亡したので、被控訴人が忠男の相続人から共有持分を譲受け、賃貸建物の単独所有者となったこと、定次郎の賃借人としての権利義務は、同人の死亡により英雄が承継し、ついで、英雄が昭和四八年一一月二九日死亡したことにより控訴人が承継したことは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、本件賃貸借解除の理由として、第一に、英雄による前記無断増改築禁止等の約定違反の事実があると主張するので、まずこの点につき判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実が認められる。

1  英雄は昭和二八年頃貸主の承諾を得ないで第一目録一の建物の北東にある湯殿と物置をとりこわし、そのあとに第二目録一の建物(一階部分が岩風呂で二階部分が一〇帖の客間)を建築し(とりこわしと建築の点は争いがない。)、同年七月二八日被控訴人主張のような保存登記を経由した(保存登記経由の点は争いがない。)。忠男と被控訴人は、昭和三四年に右のとりこわしと建築の事実を知ったので、同年暮これを理由に英雄に対し第一目録の各建物の明渡しを求めるべく、弁護士に訴訟委任の手続をとった。しかし、忠男がそれから間もなくして翌三五年一月二日死亡し、相続人の一人が行方不明のため、賃貸借について解除権行使の手続がとれず、明渡訴訟を提起するに至らなかった。

その後昭和三八年五月に至り、被控訴人は、英雄の昭和三七年一二月分からの賃料不払いと前記無断改築を理由に、同人を相手方として、鰍沢簡易裁判所に対し第一目録の各建物の明渡等の調停を申立てたが、同年一〇月一一日、被控訴人と英雄との間に、右各建物の賃貸借を継続すること、同年一〇月分以降賃料を月額一二〇〇円から一万六〇〇〇円に増額すること等を内容とする調停が成立した(右日時に調停が成立し、賃料を一万六〇〇〇円とする条項が含まれていたことは争いがない。)。

2  右調停成立前の昭和三六年頃、英雄は、請求原因三の(二)の工事、(三)の工事(第二目録三の建物部分)及び(四)の工事をした(仮便所を造ったこと、旧便所を水洗式に改造したことは、控訴人の認めるところである。)がこれについても被控訴人の承諾は得てなく、英雄は、調停成立の際、右各工事の事実を説明しなかったので、賃貸建物の所在地とは別な町に居住する被控訴人は、それを知らなかった。

3  その後昭和三九年六月頃、英雄は、第一目録二の建物の一階南東隅にある五坪余りの食堂部分について、土間にコンクリートを打ち、柱一本を取替え、二本は古材の外側を新しい板で包み、天井にボール板を張り、北西側を化粧壁に替え、北東側に幅約五〇センチメートルのカウンター兼調理場を設け、その後方を良質の板壁とし、南西側隅に約一帖の座敷を設け、南東側と南西側の外壁にセメント塗装を施す等の改造工事を加え(以下「食堂工事」という。)、工事中に被控訴人から抗議を受けたが、これを聞入れなかった。

4  本訴提起(記録によると、昭和三九年一一月二日である。)後の昭和四〇年五月頃、英雄は、第一目録一の建物一階東側に付属していた約六坪の物置(上が物干場)をとりこわし、そのあとに木造トタン葺平家建の調理室(壁はモルタル塗、東側道路沿部分は八割方ガラス障子窓に網戸をはめこむ。)を建て屋根の上に新しい物干場を造った(第二目録二の建物)。

(二)  以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  そこで英雄のした右各工事が、被控訴人の主張するように、本件賃貸借の解除理由となり得るかについて、判断する。

(一)  元来、賃貸借のごとき継続的契約関係においては、契約の存続は、当事者相互の信頼を基調とするものであるから、当事者一方の義務違反に基づく契約解除の適否を按ずるについても、それにより右の信頼関係が破壊されるに至ったものと見るべきか否かを考慮の外におくことができないことは、いうまでもない。

しかし、建物の賃貸借において、賃借人は、賃貸借契約上善良な管理者として賃借物を保管する義務を負っていて賃借人による無断増改築は、この契約上の義務に違反するばかりでなく、既存の建物に変更、損傷等を加える限りにおいて契約目的物そのものの毀損であり、賃貸人がその所有者である通常の事例においては、所有権の侵害をも伴う行為にほかならない。従って、増改築等の程度がごく小規模で建物に加えられる損傷等もすくなく、原状回復も比較的容易である場合とか、建物の用途に応じた使用上、改築、補修等が必要やむをえないものであってそれにより建物の利用価値がむしろ増加する場合等、特段の事情のある場合のほか、無断増改築禁止の特約があると否とにかかわらず、賃貸人の承諾なくして目的建物にした賃借人の増改築等の行為は、それじたい賃貸借の基礎たる信頼関係を破壊するものとして、契約解除の原因となるものといわなければならない。そしてこの理は、無催告解除の特約がある場合にも、基本的には異ならないが、ただ、該特約に基づき催告をすることなくしてした解除の効力を認めるについては、増改築等の結果、原状回復が不可能又は著しく困難となった場合、原状回復しても建物に加えられた損傷が著しい場合、増改築等が反覆して行なわれた場合、増改築等が賃貸人の阻止を冒して行なわれた場合等、一たん破壊された信頼関係が回復しがたい場合に限るものと解すべきである。そこで、以下、この見地に立って前記各工事の可否につき検討を進めることにする。

(二)  二の(一)の1の建築工事について

これについては、前認定のように、被控訴人が、これを理由の一つとして、英雄に対し、第一目録の各建物の明渡しを求める調停を申立てたところ、両者間において、従前の賃貸借は継続することに合意を見たものであるから、これによって被控訴人は、右建築工事を承認するに至ったものと認めるべきである(なお、英雄が右建築にかかる第二目録一の建物を自己の所有名義に保存登記したことについて、被控訴人の承諾がないことは控訴人の認めるところであるが、被控訴人がその抹消登記を求めたにも拘らず、英雄や控訴人がそれを拒否したという事情は認められず、また、その登記が行なわれたのは昭和二八年のことであって既に相当の年月が経過しており、その登記のため特に被控訴人に不利益ないし損害の生じた事実も認められないこと、昭和三八年一〇月前記のような調停が成立していることからすれば、右登記の事実によって、信頼関係を破壊したというには、あたらない。)。

(三)  二の(一)の2の各増改築工事について

前認定のように、これらの工事が行なわれたのは、調停成立前の昭和三六年頃であるが、調停の際も英雄が工事の事実を明らかにしなかったため、被控訴人もこれを知らなかったのであるから、調停成立によって被控訴人がこれを事後に承認したと見ることはできない。

しかし、≪証拠省略≫によれば、英雄が女中部屋と布団置場に改造を施したのは、以前から雨漏がひどいため使用できなかったからで、改造によってその部分の利用価値も増加したこと、便所を水洗式に改めたのは、従来の便所が相当古くなって客から苦情をいわれ、保健所からも注意を受けていたことによるもので、改造は旅館営業上やむを得ないものであり、これによって建物の利用価値も増加したこと、仮便所は、便所を水洗式に改める間の一時的なものであったことが認められ、また、勉強部屋は、その構造及び広さ(僅か一坪程度のもの)からいって、比較的小規模のもので原状回復も容易であると認められる。しかも右各工事の後、既に前記のような内容の調停が成立していることを考え合せるとき、これらの工事を、本件賃貸借における信頼関係を破壊するものとして取上げるのは相当でないというべきである。

(四)  二の(一)の3の食堂工事について

食堂工事を施した箇所が従前も食堂であったこと(≪証拠省略≫によれば、食堂は、暫く休業状態にあったものである。)は、右3でのべたとおりであるから、内部の多少の改造は営業上やむを得ないとしても、右3で認定したところと、≪証拠省略≫を総合すれば、該工事の内容は右必要の限度をこえた相当大規模のものであって、原状回復も困難と認められるばかりでなく、前認定のとおり、この工事は、被控訴人の抗議を無視して行なわれたものであるから、これは、信頼関係を著しく破壊するものといわなければならない。

控訴人は、右工事は建物保存に不可欠の軽微なものであると主張するが、≪証拠省略≫に照らし、右主張は採用することができない。

(五)  二の(一)の4の工事について

≪証拠省略≫によれば、右4の工事は、保健所から食品衛生法の基準に合わないので改良するよう注意があり、昭和四〇年四月末日までに着工すれば環境衛生施設改良資金の貸付を受けられるとのことであったので、これを行なったものであることが認められる。

しかし、右4のの判事の程度は、決して小規模なものではなく、原状回復も容易とはいえないことが原審第二回の検証の結果と右4にのべたところから推認される上に、食品衛生法上、果して右程度の工事を従前存していた物置をとりこわしてまでする必要があったか否かについて明確な証拠がないばかりでなく、右4で認定したように、工事それ自体が本訴提起後に行なわれており、しかも英雄として工事につき被控訴人の承諾を得るべく努力した形跡は少しも窺われないのであるから、この工事も、背信性が顕著であるといわなければならない。

(六)  以上のべたところからすれば、英雄は、二の(一)の1の無断改築をしたこによって被控訴人から明渡しを求める調停を申立てられたことがあったにも拘らず、その後また二の(一)の3と4のような工事を無断で行なったのであるから、これは賃貸借における信頼関係を著しく破壊するばかりでなく、破壊された信頼関係が回復しがたい場合にあたるものとして、被控訴人は、これを理由として、特約に基づき、催告を要しないで本件賃貸借を解除し得るものというべきである。従って、被控訴人が二の(一)の4の工事を3の工事と合せて本件賃貸借の解除理由として主張するに至った昭和四一年一〇月二五日付請求の趣旨原因訂正申立書を英雄が受領したと記録上認められる右日時をもって、解除の意思表示が有効に行なわれたものと見るべく本件賃貸借は、右解除によって終了し、控訴人は、賃借建物である第一目録の各建物を被控訴人に対し明渡すべき義務を負うに至ったものといわなければならない。

(七)  控訴人は、被控訴人の明渡請求が権利の濫用であると主張し、控訴人が本件賃貸借にかかる建物において旅館を経営していることは先にのべたところから認められるから、同人がこの建物を明渡すにおいては或程度の損害を蒙ることは推測に難くないが、上来認定したところに照らすとき、そのことによって本件明渡の請求が直ちに権利の濫用となるものとは認め難い。

従って、右主張も採用に値しない。

四  次に、被控訴人の第二目録の各建物の収去請求について判断する。

先に認定したところと≪証拠省略≫に照らすとき、英雄の工事にかゝる第二目録の各建物は、いずれも被控訴人所有の第一目録の各建物と附加して一体をなすに至ったものと認められるから、これによって被控訴人の所有に帰したものというべきである。従って、控訴人は被控訴人に対し第二目録の各建物を収去すべき義務はないが、これを明渡すべき義務を負うものであることはいうまでもない。

五  進んで、控訴人の留置権の主張について判断する。

右のように、第二目録の各建物が被控訴人の所有に帰したものと認められる以上、被控訴人は、これによって生じた利得を控訴人に償還すべき義務があり、控訴人は、その償還を受けるまで第二目録の各建物のみならずこれと一体をなす第一目録の建物全部を留置することができるものと解すべきである。

被控訴人は、控訴人のした増改築は被控訴人に対する不法行為であるから、その結果生じた第二目録の各建物の費用については、民法第二九五条第二項の規定からして留置権は生じないと主張する。

しかし、右規定は、賃借人が賃借物を占有すべき権原を失った後に賃借物に加えた費用について適用されるものであるところ、本件は、控訴人が賃借建物につき占有権原を有していた当時右建物に加えた費用について留置権を行使する場合であるから、右規定の適用はなく、従って被控訴人の主張は採用に値しない。

そして、≪証拠省略≫によれば、控訴人は、第二目録一の建物につき一九〇万円を支出し、これは現存すると認められるから、結局控訴人は、被控訴人に対し、同人から一九〇万円の支払いを受けるのと引換に第一、第二各目録の各建物(第二目録一の建物が附加して一体となったと認められるのは、第一目録一の建物についてのみであるが、第一目録一、二の各建物は、構造上からも利用上からも一箇の建物であることが≪証拠省略≫から認められるから、右一の建物のみでなく、一、二の各建物につき引換給付を認むべきである。)を明渡し、被控訴人の前記訂正申立書を英雄が受領した日の翌日である昭和四一年一〇月二六日から昭和四八年四月三〇日まで一箇月一万六〇〇〇円の賃料相当損害金を支払うべき義務がある。

六  最後に、被控訴人が当審において拡張した請求について判断する。

英雄が第二目録一の建物について被控訴人主張のような保存登記を経由したことは前認定のとおりであるところ、この建物が被控訴人所有の第一目録一の建物の構成部分として同人の所有に帰したことは、前認定のとおりであるから、控訴人が英雄の相続人として右登記の抹消登記手続をなすべき義務を負うことは明らかである。

また、≪証拠省略≫によれば、第一目録の各建物の賃料は、昭和四八年五月以降、少なくとも月額五万円を下らないことが認められるから、控訴人は被控訴人に対し昭和四八年五月一日以降第一、第二各目録の建物明渡しに至るまで賃料相当の損害金として一箇月五万円の支払いをなすべき義務がある。

七  以上説示したところにより、被控訴人の本訴請求(当審における新請求を除く、)は、控訴人に対し一九〇万円の支払いをなすのと引換に第一、二各目録の建物の明渡しを求め、且つ昭和四一年一〇月二六日以降昭和四八年四月三〇日に至るまで一箇月一万六〇〇〇円の支払いを求める限度において正当であるが、その余は失当として棄却を免れないから、これと一部結論を異にする原判決は右の趣旨に変更すべきである。従って本件控訴及び附帯控訴は右変更の限度において理由があり、被控訴人が当審において拡張した請求はすべて正当として認容すべきである。

よって、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九六条、第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する(仮執行の免脱宣言は不相当と認めて附さないことにする。)。

(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 林信一 福間佐昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例